こんにちは、スピーチトレーナー高津和彦(こうずかずひこ)です。
先日、ある出版記念パーティに出席して得た発想を、今回はお話しましょう。
僕の友人(=著者)の出版記念パーティで、彼の講演を聞いた。
講演中、彼はみんなに問う。
「"ありがとう"の反対語は何ですか?」
とっさに思いついたのは、
「ありがたくない」「有難迷惑」
名答?迷答?
彼の回答は?
「あたりまえ」。
ふーん、なるほど。
"当たり前"だと思うから、"ありがとう"と言えないんだ。
"当たり前"は、"ありがとう"の対極にあるということね。
瞬間的に「語呂合わせの教訓遊び?」と思った。
"会い"があって、"愛"が生まれる~、みたいな。
そこで、ふと疑問が頭をよぎる。
「なぜ、当たり前っていうんだろう?」
当たる"前"なのに、なぜ、「当たって"しまって"当然」という意味になったんだろう。
まず、そう感じた。
納得できない。
即、スマホ検索。
彼には悪いけど、講演はそっちのけ。
その答え。
2つ説があるらしい。
1-元々の「当然」の「然」が、同じ音である「前」が混同して使われ「当前」。
それが訓読みされて「当たり前」になった。
(なるほど、そんな例はよくある)
2-成果の「分け前」を与えられる時、当然受け取る権利があるとして、
当然の分け前=「当たり前」になった。
すると、「ありがとう」は「有り難い」が語源だということを思い出す。
有り難い=あり得ない。
そんな「あり得ない」ことがあったので、それは「感謝」に値する。
(感謝「かんしゃ」の読みはハングルの「カムサハムニダ」の「カムサ」と
同語源に拡がるということはここではおいておく)
それで「ありがとう」と「あたりまえ」の関係がよりクリアに見えてきた。
あり得ないと思えるから感謝できるのであって、何でも当たり前だと思ってると感謝できない。
友人の話、教訓的にはまさに「ふーん、なるほどの話」。
が、語源を知ると、さらに"深く感動"までさせる話になる。
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ここまでの話、おもしろくない?
面白いと思ってほしいなぁ。
以上、今回の教訓は何か。
「興味を持つと話も拡がる」です。
森羅万象、何でも、何事もなかったかのようにすぅっと聞き流すのではなく、
なぜだろうって興味を一歩押し進めよう。
そして、何か発見したら「そうだったのか!」と感動しよう。
そうすると知識も拡がるし、人はあなたの話を感動して聞いてくれます。
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